雑誌記事「農村婦人の驚異的な働き(その1)」(1937)

理化学研究所1937may

 1937(昭和12)年5月発行の「主婦之友」五月號(主婦の友社刊)内の記事より「精密機械工業の最前線を行く・農村婦人の驚異的な働き」(理化學研究所長・大河内正敏)です。農村婦人が優秀な工場労働者になれるのか、という今から言うと大変失礼な記事ですが、大河内所長は問題ないと太鼓判を押しています。大河内正敏(1878-1952)さんは、千葉県にあった大多喜藩主大河内家に生まれた子爵で東京帝國大學を卒業後、帝大教授、貴族院議員、東京物理學校校長、等を歴任、1921(大正10)年に理化學研究所第三代所長となり1946(昭和21)年まで勤めました。

雑誌記事「疲れない働き方の新研究(その3)」(1937)

疲れない働き方の新研究1937may

 1937(昭和12)年5月発行の「主婦之友」五月號(主婦の友社刊)内の記事より「仕事に追はれる奥様方のための疲れない働き方の新研究」(日本勞働科学研究所發表)です。昭和初期以前の家事は不合理な姿勢を取ることが多いのですが、配置等を工夫して少しでも負担を減らせるように提言しています。

雑誌記事「疲れない働き方の新研究(その2)」(1937)

疲れない働き方の新研究1937may

 1937(昭和12)年5月発行の「主婦之友」五月號(主婦の友社刊)内の記事より「仕事に追はれる奥様方のための疲れない働き方の新研究」(日本勞働科学研究所發表)です。昭和初期の家事は大変重労働ですが、工夫して少しでも負担を減らせるように提言しています。

雑誌記事「疲れない働き方の新研究(その1)」(1937)

日本労働科学研究所1937may

 1937(昭和12)年5月発行の「主婦之友」五月號(主婦の友社刊)内の記事より「仕事に追はれる奥様方のための疲れない働き方の新研究」(日本勞働科学研究所發表)です。この日本労働科学研究所は大原美術館で有名な倉敷紡績の大原孫三郎社長により1921(大正10)年に設立された研究所で、現在も大原記念労働科学研究所として存続しています。昭和初期の家事が現在と違って大変重労働だったことがわかります。

雑誌記事「母子保護と國民健康保險」(1937)

母子保護と国民健康保険1937may

 1937(昭和12)年5月発行の「主婦之友」五月號(主婦の友社刊)内の記事より「大衆論壇・母子保護と國民健康保險」です。著者は貴族院議員の下村海南博士です。海南は和歌の号です。本名、下村宏(1875-1957)さんは和歌山県出身、和歌山一中、一高から東京帝國大學卒業後、逓信省に入省、台湾総督府を経て朝日新聞社の重役となります。その後1937(昭和12)年に貴族院議員に勅選され、1945(昭和20)年の終戦直前には内閣情報局総裁として終戦工作に奔走しました。この記事は記者の対談形式で衆議院で可決された母子保護法と健康保険法に付いて説明しています。今国会で審議されている予算案について、対談者は大増税と公債乱発を国防費とからめて皮肉ろうとしますが「オット皆まで言ひ給ふな」と濁しています。その中で喜ばしいこととして紹介されていたこの法律ですが、この第70回帝國議会は所謂「腹切り問答」で廣田内閣が総辞職してしまった関係で閉会してしまい、この法案は貴族院未決のまま繰り延べになってしまいました。しかしながら母子保護法は1937(昭和12)年中に、國民健康保險法は1938(昭和13)年から施行されたので、無事次の議会で可決されたようです。
プロフィール

nao_koba

Author:nao_koba
昭和モダンの世界へようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
from 2012/2/20
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR