雑誌記事「汽車の窓から(あをもり)」(1933)

汽車の窓から(その4)1933jul

 1933(昭和8)年発行の雑誌「アサヒグラフ」昭和八年七月十二日號(朝日新聞社)の記事より「汽車の窓から」(あをもり)です。東北本線で青森までの写真ルポルタージュです。写真は青森駅周辺の風景で右上がカムチャッカから青森港に到着した鮭舟、その下が青函連絡船の入港、左上が接岸した連絡船(飛鸞丸)に貨車を積み込む様子です。飛鸞丸は1924(大正13)年に就航し、1945(昭和20)年7月の空襲により撃沈されました。左下は駅前の旅館でくつろぐ旭川第7師団の傷病兵です。

雑誌記事「汽車の窓から(その3)」(1933)

汽車の窓から(その3)1933jul

 1933(昭和8)年発行の雑誌「アサヒグラフ」昭和八年七月十二日號(朝日新聞社)の記事より「汽車の窓から」(その3)です。東北本線で青森までの写真ルポルタージュです。写真右及び上は青森駅でカムチャッカから着いた鮭を運ぶ女性沖仲仕です。左下は青森駅前のバスと馬糞拾い、下は長大な青森駅のプラットホームです。連絡船の桟橋まで300メートル続くとあります。

雑誌記事「汽車の窓から(その2)」(1933)

汽車の窓から(その2)1933jul

 1933(昭和8)年発行の雑誌「アサヒグラフ」昭和八年七月十二日號(朝日新聞社)の記事より「汽車の窓から」(その2)です。東北本線で青森までの写真ルポルタージュです。写真上は尻内駅の風景で現在の八戸駅になります。写真右は岩手県から青森県にかけて流れる馬淵(まべち)川の風景、写真下中は仙台市の東一番町の夜の賑わい、写真左は郡山附近を通過する列車です。

雑誌記事「汽車の窓から(その1)」(1933)

汽車の窓から(その1)1933jul

 1933(昭和8)年発行の雑誌「アサヒグラフ」昭和八年七月十二日號(朝日新聞社)の記事より「汽車の窓から」(その1)です。東北本線で青森までの写真ルポルタージュです。写真左上は栃木県にある1932(昭和7)年に完成した晩翠橋で現在もその優美なアーチを見ることが出来ます。写真中は宇都宮駅で顔を洗う乗客で、当時の蒸気機関車の旅はトンネルで機関車の煤煙が客車に入り込むため、長距離客はこのようにホームに設置された長大な洗面所で煤けた顔等を洗っていました。写真下は宇都宮名物のかんぴょうで作った炭取りです。

大東京寫眞案内「大東京年中行事(その2)」(1933)

大東京年中行事(その2)1933jul

 1933(昭和8)年7月発行の「大東京寫眞案内」(博文館:編)より、「大東京年中行事」(その2)です。写真は右上が兩國川開きの花火大会で国技館がイルミネーションされています。その下は隅田川の大学対抗ボートレースです。左上が銀座の歳末大売り出しの様子でハリボテの飾りが歩道に張り出しています。その下は浅草の年の市です。
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