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歐米人氣作家集(獨逸篇)「流浪人【その2】(アレキサンダー・ルツペル)」(1938)

流浪人1938jun

 1938(昭和13)年6月発行の雑誌「新青年・六月號」(博文館)内の歐米人氣作家集(獨逸篇)「流浪人」(アレクサンダー・ルツペル:作、雨石矢兵:譯、高井貞二:畫)です。主人公が偶然見つけた病人を介抱する図です。
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歐米人氣作家集(獨逸篇)「流浪人【その1】(アレキサンダー・ルツペル)」(1938)

流浪人1938jun

 1938(昭和13)年6月発行の雑誌「新青年・六月號」(博文館)内の歐米人氣作家集(獨逸篇)「流浪人」(アレクサンダー・ルツペル:作、雨石矢兵:譯、高井貞二:畫)です。このドイツの作家については詳しいことはわかりませんでした。

雑誌記事「私の禿髭脚・私の脚を語る」(1938)

私の脚を語る1938jun

 1938(昭和13)年6月発行の雑誌「新青年・六月號」(博文館)内の記事、「私の禿髭脚」より「私の脚を語る」(村社講平:作)です。似顔絵は清水崑さんです。イラストの村社さんはまだ中央大学のユニフォームを着ています。

雑誌記事「私の禿髭脚・たわし髭」(1938)

たわし髭1938jun

 1938(昭和13)年6月発行の雑誌「新青年・六月號」(博文館)内の記事、「私の禿髭脚」より「たわし髭」(長谷川伸:作)です。似顔絵は清水崑さんです。長谷川伸(1884-1963)さんは横浜市生まれ、小学校3年生で実家が没落し、住み込みの見習いなどで働いていましたが新聞投稿を機会に新聞社に職を得て、陸軍応召除隊後に新聞記者となりました。その後作家に転身しいわゆる「股旅物」で人気を博しました。

雑誌記事「私の禿髭脚・ハイトマルスベール」(1938)

柳家金語楼1938jun

 1938(昭和13)年6月発行の雑誌「新青年・六月號」(博文館)内の記事、「私の禿髭脚」より「ハイトマルスベール」(柳家金語楼:作)です。似顔絵は清水崑さんです。「ハイトマルスベール」とは「蝿止まる滑る」のことです。柳家金語楼(1901-1972)さんは東京に落語家の息子として生まれ、小さい頃から少年落語家として活躍して柳家小さん門下として真打ちに昇進、喜劇役者としても活躍して昭和戦前期に三代喜劇人と呼ばれました。

歐米人氣作家集(米國篇)「休戰(パール・S・バツク)」(1938)

休戦1938jun

 1938(昭和13)年6月発行の雑誌「新青年・六月號」(博文館)内の歐米人氣作家集(米國篇)「休戰」(パール・S・バツク:作、小田勝平:譯、川瀬成一郎:畫)です。パール・S・バック"Pearl Sydenstricker Buck"(1892-1973)さんはノーベル文学賞を得た米国の女性小説家です。

広告「新少年・六月號」(1938)

新少年6月号1938jun

 1938(昭和13)年6月発行の雑誌「新青年・六月號」(博文館)内の広告より、「新少年六月號」(博文館)です。付録として「右門捕物帖」(佐々木味津三:作)が取り上げられています。佐々木味津三(1896-1934) さんは愛知県生まれ、愛知一中から明治大学を卒業し、雑誌記者をしながら作家となりました。この「右門捕物帖」や「旗本退屈男」など大衆作家として活躍しました。

広告「シーゾン麗顔水」(1938)

シーゾン麗顔水1938jun

 1938(昭和13)年6月発行の雑誌「新青年・六月號」(博文館)内の広告より、「シーゾン麗顔水」(大洋商會)です。大洋商会の所在地は中野氷川町となっていますが現在の中野区東中野になります。おそらく氷川神社の近くにあったものと思われます。

広告「丸善ベーラム」(1938)

丸善ベーラム1938jun

 1938(昭和13)年6月発行の雑誌「新青年・六月號」(博文館)内の広告より、「丸善ベーラム」(丸善)です。整髪料の広告ですが、イラストの男性はあまり整髪料が必要には見えません。

広告「井筒ポマード」(1938)

井筒ポマード1938jun

 1938(昭和13)年6月発行の雑誌「新青年・六月號」(博文館)内の広告より、「井筒ポマード」(井筒藥粧)です。「生活の必需品!」「本當のポマードは ー IZUTSUあるのみです」だそうです。

広告「強精の福音」(1938)

強精の福音1938jun

 1938(昭和13)年6月発行の雑誌「新青年・六月號」(博文館)内の広告より、「強精の福音」(誠心藥院本部)です。いわゆるEDに悩む方向けの広告ですが、当局への検閲対策であからさまな性的表現には伏字が用いられています。伏せ字でもバレバレなら削除処分等にされたようですが、これは大丈夫だったようです。

雑誌記事「近世香具師奇人傳」(1938)

近世香具師奇人傳1938jun

 1938(昭和13)年6月発行の雑誌「新青年・六月號」(博文館)内の記事、「近世香具師奇人傳(第一回)・『山々坊主』いかさま記」(秘田余四郎:作、吉田貫三郎:畫)です。秘田余四郎(1908-1967)さんは徳島県生まれ、成城中学校から東京外國語學校を卒業後、東和商事でフランス映画の字幕製作を行なっていましたが解雇され、作家に転進して「香具師物」や海外小説の翻訳家として活躍しました。

広告「トンボアコーディオン」(1938)

トンボアコーディオン1938jun

 1938(昭和13)年6月発行の雑誌「新青年・六月號」(博文館)内の広告より、「トンボアコーディオン」(トンボハーモニカ手風琴製作所)です。「一番モダァンで一番民衆的な」だそうです。「聴いている許りが能ではありませんゾ!貴方もサア、弾いてゴランナサイ、共處でトンボ・アコーディオンの素晴らしさが…ワカルと言ふものです、ハイ。」

広告「石鹼讀本・御園石鹼」(1938)

石鹸読本1938jun

 1938(昭和13)年6月発行の雑誌「新青年・六月號」(博文館)内の広告より、「石鹼讀本・御園石鹼]」(伊東胡蝶園)です。御園石鹸はどうやらこのようなコラムというかポエムのような文章を毎月掲載していたようです。

広告「ウテナポマード」(1938)

ウテナポマード1938jun

 1938(昭和13)年6月発行の雑誌「新青年・六月號」(博文館)内の広告より、「ウテナポマード」(久保政吉商店)です。なんとポマードに強力養毛素が入っているそうです。広告内に「ウテナレモンクリーム」の広告も入っており、「ぺくちんの作用でお肌を美しく滑らかにする」そうです。

広告「アカバン」(1938)

アカバン1938jun

 1938(昭和13)年6月発行の雑誌「新青年・六月號」(博文館)内の広告より、「傷の治る!新絆創膏・アカバン」(三田村商店)です。今では一般的な、消毒液を浸したガーゼのついた絆創膏のようです。

広告「新少年・六月號」(1938)

新少年6月号1938jun

 1938(昭和13)年6月発行の雑誌「新青年・六月號」(博文館)内の広告より、「新少年・六月號」(博文館)です。錚々たる連載作家陣です。

広告「新髙ドロップ」(1938)

新高ドロップ1938jun

 1938(昭和13)年6月発行の雑誌「新青年・六月號」(博文館)内の広告より、「新髙ドロップ」(新髙製菓株式會社)です。「やなぎに燕・近代人には新高(ドロップ)!!」だそうです。

広告「東寶・前進座映畫 逢魔の辻」(1938)

逢魔の辻1938jun

 1938(昭和13)年6月発行の雑誌「新青年・六月號」(博文館)内の東宝・前進座映画広告より、「逢魔の辻」(瀧澤英輔監督)です。大佛次郎さん原作の幕末物です。

広告「國民の誓」(1938)

国民の誓1938jun

 1938(昭和13)年6月発行の雑誌「新青年・六月號」(博文館)内の映画広告より、「國民の誓」(野村浩将監督)です。「大松竹の應援下に豪華最高のスタツフで製作される國際輸出超特作」だそうです。

広告「タマゴシャンプー」(1938)

タマゴシャンプー1938jun

 1938(昭和13)年6月発行の雑誌「新青年・六月號」(博文館)内の広告より、「タマゴシャンプー」(美香園)です。シャンプーの草分けとして戦前戦後人気でしたが、実は現在でも販売されている様で、会社も名古屋にそのまま存在しているようです。「髪を保つにはナント云つても玉子の白身かフノリで洗髪なさるか又はタマゴシャンプー」だそうです。

雑誌記事「ヴオガン・ヴオグ【その3】」(1938)

ヴオガン・ヴオグ1938jun

 1938(昭和13)年6月発行の雑誌「新青年・六月號」(博文館)内の記事、「ヴオガン・ヴオグ」(擔當★ミス・ハラ)です。シャツの権威として南部圭之助さんが紹介されています。

雑誌記事「ヴオガン・ヴオグ【その2】」(1938)

ヴオガン・ヴオグ1938jun

 1938(昭和13)年6月発行の雑誌「新青年・六月號」(博文館)内の記事、「ヴオガン・ヴオグ」(擔當★ミス・ハラ)です。お洒落はしたいのに贅沢品の輸入統制がすでに始まっており、「ボオイス」や「ガアルス」はなかなか苦労している様です。

雑誌記事「ヴオガン・ヴオグ【その1】」(1938)

ヴオガン・ヴオグ1938jun

 1938(昭和13)年6月発行の雑誌「新青年・六月號」(博文館)内の記事、「ヴオガン・ヴオグ」(擔當★ミス・ハラ)です。非常時・服飾・経済学ということで「ス・フ」ことステープルファイバーについて紹介しています。当時としては粗悪生地の代名詞になっていますが。

広告「さくらフヰルム」(1938)

さくらフィルム1938jun

 1938(昭和13)年6月発行の雑誌「新青年・六月號」(博文館)内の広告より、「さくらフヰルム」(六櫻社)です。「野は招く 山は呼ぶ」ということで、カメラを持って出かけましょう。

広告「サロメチール」(1938)

サロメチール1938jun

 1938(昭和13)年6月発行の雑誌「新青年・六月號」(博文館)内の広告より、「サロメチール」(田邊元三郎商店)です。筋肉疲労、筋肉痛対策ということで現在も定番のお薬です。

広告「中将湯」(1938)

中将湯1938jun

 1938(昭和13)年6月発行の雑誌「新青年・六月號」(博文館)内の広告より、「中将湯」(津村順天堂)です。「血行を整へて『汚れ血』を浄血し婦人病を取除くのでお顔にほんのり健康色」だそうです。

広告「丸善アテナインキ」(1938)

丸善アテナインキ1938jun

 1938(昭和13)年6月発行の雑誌「新青年・六月號」(博文館)内の広告より、「丸善アテナインキ」です。ブランド名だけの広告で、「日本のインキを代表する」「全國到る所にあり」だそうです。

広告「クラヤ無香ポマード」(1938)

クラヤポマード1938jun

 1938(昭和13)年6月発行の雑誌「新青年・六月號」(博文館)内の広告より、「クラヤ無香ポマード」(クラヤ特殊化粧品本舗)です。安ポマードの匂いが「鼻つまみ」だということは昔からそうだった様で、無香な事が売りになっています。

広告「牛山㐂久子のパーマネントウヱーブ」(1938)

牛山喜久子1938jun

 1938(昭和13)年6月発行の雑誌「新青年・六月號」(博文館)内の広告より、「牛山㐂久子のパーマネントウヱーブ」です。牛山喜久子(1908-2005)さんは長崎県生まれの美容家で、銀座の牛山喜久子美容室を経営し、牛山美容文化学園では後進を育成しました。
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