広告「森永ドロップス」(1939)

森永ドロップス1939mar

 1939(昭和14)年3月に発行された「少女の友」三月號(實業之日本社刊)内の広告より「森永ドロップス」(森永製菓株式會社)です。「ぴたりと当るドロップス占ひ!」という訳で、レモン、オレンヂ、ストロベリー、チヨコレートの各味が存在することがわかります。
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広告「クリーム繪具」(1939)

クリーム絵具1939mar

 1939(昭和14)年3月に発行された「少女の友」三月號(實業之日本社刊)内の広告より「クリーム繪具」(株式會社原田商店・コインペン本舗)です。汽車印がトレードマークのようですが、詳細はわかりませんでした。

広告「ヨット鉛筆」(1939)

ヨット鉛筆1939mar

 1939(昭和14)年3月に発行された「少女の友」三月號(實業之日本社刊)内の広告より「ヨット鉛筆」(東洋文具鉛筆製作所)です。東洋文具鉛筆製作所は1916(大正5)年に創業され、戦前は三菱、トンボと並んで三大鉛筆メーカーと言われましたが、1967(昭和42)年に倒産しました。

雑誌挿絵「古都の乙女・蕗谷虹児画(その3)」(1939)

古都の乙女1939mar

 1939(昭和14)年3月に発行された「少女の友」三月號(實業之日本社刊)内の連載小説挿絵より「古都の乙女」(作:西條八十)です。蕗谷虹児さんが挿絵を描いています。悩めるの少年の図といったところでしょうか。

雑誌挿絵「古都の乙女・蕗谷虹児画(その2)」(1939)

古都の乙女1939mar

1939(昭和14)年3月に発行された「少女の友」三月號(實業之日本社刊)内の連載小説挿絵より「古都の乙女」(作:西條八十)です。蕗谷虹児さんが挿絵を描いています。銀座の街角で似顔絵を描く覆面女子校生です。

雑誌挿絵「古都の乙女・蕗谷虹児画(その1)」(1939)

古都の乙女1939mar

 1939(昭和14)年3月に発行された「少女の友」三月號(實業之日本社刊)内の連載小説挿絵より「古都の乙女」(作:西條八十)です。蕗谷虹児さんが挿絵を描いています。作者の西條八十(1892-1970)さんは東京牛込生まれ、早稲田中学から早稲田大学文学部を卒業後、詩人として活躍、特に童謡作家として有名です。また多くの少女小説も手がけています。

雑誌挿絵「黄砂に昇る陽・松本盛昌画(その2)」(1939)

黄砂に昇る陽1939mar

 1939(昭和14)年3月に発行された「少女の友」三月號(實業之日本社刊)内の連載小説挿絵より「黄砂に昇る陽」です。山中峯太郎さん作の連載小説に、松本盛昌さんが挿絵を描いています。この小説は単行本化の際に「軍事小説・謎の機械化兵團」と改題されて1940(昭和15)年に誠文堂新光社から刊行されました。

雑誌挿絵「黄砂に昇る陽・松本盛昌画(その1)」(1939)

黄砂に昇る日1939mar

 1939(昭和14)年3月に発行された「少女の友」三月號(實業之日本社刊)内の連載小説挿絵より「黄砂に昇る陽」です。山中峯太郎(1885-1966)さん作の連載小説に、松本盛昌さんが挿絵を描いています。山中峯太郎さんは大阪生まれ、陸軍士官学校から陸軍大学校に入学するも中国革命に参加して軍を免職され、東京朝日新聞の記者となりましたが、相場絡みの虚偽報道事件で逮捕され退社、出獄後は作家として様々な雑誌に小説を書き、特に少年雑誌向けの冒険小説で人気を博しました.

雑誌挿絵「友情明暗日記・松本かつぢ畫(その7)」(1939)

友情明暗日記1939mar

 1939(昭和14)年3月に発行された「少女の友」三月號(實業之日本社刊)内の記事より「ユーモア小説・友情明暗日記」(その7)です。作者は日吉早苗さん、挿絵は松本かつぢさんです。

雑誌挿絵「友情明暗日記・松本かつぢ畫(その6)」(1939)

友情明暗日記1939mar

 1939(昭和14)年3月に発行された「少女の友」三月號(實業之日本社刊)内の記事より「ユーモア小説・友情明暗日記」(その6)です。作者は日吉早苗さん、挿絵は松本かつぢさんです。

雑誌挿絵「友情明暗日記・松本かつぢ畫(その5)」(1939)

友情明暗日記1939mar

 1939(昭和14)年3月に発行された「少女の友」三月號(實業之日本社刊)内の記事より「ユーモア小説・友情明暗日記」(その5)です。作者は日吉早苗さん、挿絵は松本かつぢさんです。

雑誌挿絵「友情明暗日記・松本かつぢ畫(その4)」(1939)

友情の明暗1939mar

 1939(昭和14)年3月に発行された「少女の友」三月號(實業之日本社刊)内の記事より「ユーモア小説・友情明暗日記」(その4)です。作者は日吉早苗さん、挿絵は松本かつぢさんです。

雑誌挿絵「友情明暗日記・松本かつぢ畫(その3)」(1939)

友情の明暗1939mar

 1939(昭和14)年3月に発行された「少女の友」三月號(實業之日本社刊)内の記事より「ユーモア小説・友情明暗日記」(その3)です。作者は日吉早苗さん、挿絵は松本かつぢさんです。

雑誌挿絵「友情明暗日記・松本かつぢ畫(その2)」(1939)

友情の明暗1939mar

 1939(昭和14)年3月に発行された「少女の友」三月號(實業之日本社刊)内の記事より「ユーモア小説・友情明暗日記」(その2)です。作者は日吉早苗さん、挿絵は松本かつぢさんです。

雑誌挿絵「友情明暗日記・松本かつぢ畫」(1939)

友情の明暗

 1939(昭和14)年3月に発行された「少女の友」三月號(實業之日本社刊)内の記事より「ユーモア小説・友情明暗日記」(その1)です。作者は日吉早苗(1900-1953)さん、挿絵は松本かつぢさんです。日吉早苗さんは山形県生まれ、早稲田大学文学部を卒業後、翻訳や小説などの作家となりました。戦後直木賞の候補にもなりました。

雑誌挿絵「大地の娘・芝義雄画(その3)」(1939)

大地の娘・芝義雄画1939mar

 1939(昭和14)年3月に発行された「少女の友」三月號(實業之日本社刊)内の連載小説挿絵より「大地の娘」です。田村泰次郎さん作の連載小説に、芝義雄さんが挿絵を描いています。

雑誌挿絵「大地の娘・芝義雄画(その2)」(1939)

大地の娘・芝義雄画1939mar

 1939(昭和14)年3月に発行された「少女の友」三月號(實業之日本社刊)内の連載小説挿絵より「大地の娘」です。田村泰次郎さん作の連載小説に、芝義雄さんが挿絵を描いています。

雑誌挿絵「大地の娘・芝義雄画」(1939)

大地の娘・芝義雄画1939mar

 1939(昭和14)年3月に発行された「少女の友」三月號(實業之日本社刊)内の連載小説挿絵より「大地の娘」です。田村泰次郎(1911-1983)さん作の連載小説に、芝義雄さんが挿絵を描いています。田村さんは三重県四日市生まれ、早稲田大学文学部を卒業後小説家となりました。

雑誌挿絵「理惠子の手帖・不破俊子畫(その2)」(1939)

理恵子の手帖1939mar

 1939(昭和14)年3月に発行された「少女の友」三月號(實業之日本社刊)内の連載小説挿絵より「理惠子の手帖」(その2)です。田郷虎雄さん作の連載小説に不破俊子さんが挿絵を描いています。

雑誌挿絵「理惠子の手帖・不破俊子畫」(1939)

理恵子の手帖1939mar

 1939(昭和14)年3月に発行された「少女の友」三月號(實業之日本社刊)内の連載小説挿絵より「理惠子の手帖」です。田郷虎雄(1901-1950)さん作の連載小説に不破俊子さんが挿絵を描いています。作者の田郷虎雄さんは長崎県平戸町長の次男として生まれ、長崎師範学校を卒業後、小学校の教員をしていましたが、1927(昭和2)年に作家を目指し上京、1931(昭和6)年に懸賞小説に当選してデビューし作家となりました。NHK大河ドラマ「花燃ゆ」の原作者になります。不破俊子さんは戦前に少女雑誌等で活躍した挿絵画家です。

雑誌挿絵「次女日記・河目悌二畫」(1939)

次女日記1939mar

 1939(昭和14)年3月に発行された「少女の友」三月號(實業之日本社刊)内の連載小説挿絵より「微笑小説・次女日記」です。由利聖子さん作の連載小説「次女日記」に河目悌二さんが挿絵を描いています。由利聖子(1911-1943)さんは、1929(昭和4)年、東京府立第三高等女学校卒業。1932(昭和7)年に作家としてデビューし、病気で亡くなるまで少女雑誌で主にユーモア小説を書いていました。河目悌二(1889-1958)さんは、愛知県刈谷出身。愛知県立第二中学校を経て、1913(大正2)年に東京美術学校を卒業し、挿絵を描く仕事を始めました。1920(大正9)年、小林商店(現在のライオン)に入社して広告画を担当、1937(昭和12)年に退社した後は挿絵画家として戦後まで活動しました。

雑誌挿絵「伴先生・松本かつぢ畫」(1939)

伴先生1939mar

 1939(昭和14)年3月に発行された「少女の友」三月號(實業之日本社刊)内の連載小説挿絵より「伴先生」です。吉屋信子さん作の連載小説「伴先生」に松本かつぢさんが挿絵を描いています。漫画とは全く違った画風です。

雑誌記事「3月漫画アルバム・綴方教室」(1939)

綴り方教室1939mar

 1939(昭和14)年3月に発行された「少女の友」三月號(實業之日本社刊)内の記事より「3月漫画アルバム・商店法」です。漫画の作者は松本かつぢさんです。対米開戦まで二年近くありますが、既に物資不足とインフレが始まっています。

雑誌記事「3月漫画アルバム・商店法」(1939)

商店法1939mar

 1939(昭和14)年3月に発行された「少女の友」三月號(實業之日本社刊)内の記事より「3月漫画アルバム・商店法」です。漫画の作者は松本かつぢさんです。商店法とは1938(昭和13)年に制定されて、戦後に労働基準法に合流した商店の使用人保護を目的とした法律です。休日や閉店時間を定めています。この漫画は新しい法律に戸惑っている様子でしょうか。

雑誌記事「3月漫画アルバム・熱心な廃品回収者」(1939)

熱心な廃品回収者1939mar

 1939(昭和14)年3月に発行された「少女の友」三月號(實業之日本社刊)内の記事より「3月漫画アルバム・熱心な廃品回収者」です。漫画の作者は松本かつぢさんです。薄墨の表現にスクリーントーンが使われています。

雑誌記事「3月漫画アルバム・賣物」(1939)

3月漫画アルバム1939mar

 1939(昭和14)年3月に発行された「少女の友」三月號(實業之日本社刊)内の記事より「3月漫画アルバム・賣物」です。漫画の作者は松本かつぢさんです。売られているのは当時の典型的なガソリンスタンドで、経済統制によるガソリン不足を風刺しています。

雑誌記事「女學生服装帖・中原淳一」(1939)

女學生服装帖1939mar

 1939(昭和14)年3月に発行された「少女の友」三月號(實業之日本社刊)内の記事より「女學生服装帖・中原淳一」です。3月号ということもあって中原淳一さんが高等女学校卒業後の髪型を提案しています。基本的には和装に合うことが条件のようで、当時の風潮が伺われます。

雑誌記事「早春譜・砂漠の旅」(1939)

砂漠の旅1939mar

 1939(昭和14)年3月に発行された「少女の友」三月號(實業之日本社刊)内の記事より「早春譜・砂漠の旅」です。富田衛さんの詩に中原淳一さんが挿絵を描いています。

雑誌記事「早春譜・ひとり居る部屋」(1939)

ひとり居る部屋1939mar

 1939(昭和14)年3月に発行された「少女の友」三月號(實業之日本社刊)内の記事より「早春譜・ひとり居る部屋」です。富田衛さんの詩に中原淳一さんが挿絵を描いています。

雑誌記事「早春譜・月」(1939)

月1939mar

 1939(昭和14)年3月に発行された「少女の友」三月號(實業之日本社刊)内の記事より「早春譜・月」です。富田衛さんの詩に中原淳一さんが挿絵を描いています。
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