雑誌グラビア「川崎弘子」(1938)

川崎弘子1938may

 1938(昭和13)年に発行された雑誌「オール松竹」五月特別號(映畫世界社發行)のグラビア記事より「川崎弘子」さんです。スキャンダルで下降した人気が「人情椿」で復活した頃です。
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雑誌グラビア「三宅邦子」(1938)

三宅邦子1938may

 1938(昭和13)年に発行された雑誌「オール松竹」五月特別號(映畫世界社發行)のグラビア記事より「三宅邦子」さんです。デビュー4年目、22歳の三宅邦子さんです。

広告「銀座屋.ア.ラ.モード」(1938)

銀座屋1938may

 1938(昭和13)年に発行された雑誌「オール松竹」五月特別號(映畫世界社發行)の表紙裏通販広告「銀座屋.ア.ラ.モード」です。銀座屋は銀座にあった雑貨屋です。

雑誌グラビア「桑野通子」(1938)

桑野通子1938may

 1938(昭和13)年に発行された雑誌「オール松竹」五月特別號(映畫世界社發行)のグラビア記事より「桑野通子」さんです。この頃人気絶頂の桑野通子さんはこの年に12本の映画に出演しています。

広告「螢の光(松竹)」(1938)

螢の光1938may

 1938(昭和13)年に発行された雑誌「オール松竹」五月特別號(映畫世界社發行)内の広告より、同年公開の松竹映画「螢の光」(佐々木康監督)です。写真は主演の高杉早苗さん、桑野通子さん、高峰三枝子さんです。

広告「ゴルフ胃腸薬」(1935)

ゴルフ胃腸藥1935aug

 1935(昭和10)年に発行された雑誌「日の出八月號附録:映画レビュー夏姿寫眞帖」内の広告より「ゴルフ胃腸薬」(泰昌製藥株式會社)です。泰昌製薬は三共製薬の子会社です。

雑誌記事「逢初夢子・大日方傳・島津保次郎・南部耕作」(1935)

島津保次郎・南部耕作・大日方伝・逢初夢子1935aug

 1935(昭和10)年に発行された雑誌「日の出八月號附録:映画レビュー夏姿寫眞帖」の記事「映画スター製造物語 −名監督の人知れぬ苦心振り−」より「逢初夢子・大日方傳・島津保次郎・南部耕作」です。写真上が松竹映画「隣の八重ちゃん」の逢初夢子さんと大日方傳さん、右下が監督の島津保次郎さん、左下が松竹の南部耕作(1906-?)さんです。

雑誌記事「大谷俊夫・花柳小菊・近松里子・澤村貞子」(1935)

大谷俊夫・花柳小菊・近松里子・澤村貞子1935aug

 1935(昭和10)年に発行された雑誌「日の出八月號附録:映画レビュー夏姿寫眞帖」の記事「映画スター製造物語 −名監督の人知れぬ苦心振り−」より「大谷俊夫・花柳小菊・近松里子・澤村貞子」です。写真右上が大谷俊夫(1907-)さんです。大谷さんは広島県呉生まれ、神戸第二中学を卒業後、1923(大正12)年に小笠原プロダクションから俳優としてデビューし1926(大正15)年に解散するまで俳優として活躍しました。1933(昭和8)年に日活太秦で監督デビュー、1937(昭和12)年にPCL(後の東宝)に移籍、1938(昭和13)年から終戦まで満州映画、戦後は東映で監督を続けました。写真下は花柳小菊さん、近松里子さん、沢村貞子さんです。

雑誌記事「溝口健二・歌川絹枝・大倉千代子」(1935)

溝口健二・歌川絹代・大倉千代子1935aug

 1935(昭和10)年に発行された雑誌「日の出八月號附録:映画レビュー夏姿寫眞帖」の記事「映画スター製造物語 −名監督の人知れぬ苦心振り−」より「溝口健二・歌川絹枝・大倉千代子」です。右上が溝口健二監督、下が歌川絹枝さんと大倉千代子さんです。

雑誌記事「映画スター製造物語」(1935)

スター製造物語1935aug

 1935(昭和10)年に発行された雑誌「日の出八月號附録:映画レビュー夏姿寫眞帖」の記事より「映画スター製造物語 −名監督の人知れぬ苦心振り−」です。写真は右上より松竹の城戸四郎所長と清水宏監督、左上が藤井貢さんと高杉早苗さん、下が近衛敏明さんと爆弾小僧さんと桑野通子さんです。

雑誌記事「スターの癖物語」(1935)

スターの癖物語1935aug

 1935(昭和10)年に発行された雑誌「日の出八月號附録:映画レビュー夏姿寫眞帖」の記事より「スターの癖物語」です。スターの持っている癖についてのコラムですが、中々興味深い。しかし綺麗な女優さんに身体を密着されたら監督だって誤解しますよ。

広告「グレェタ ガルボ」(1935)

グレェタ・ガルボ1935aug

 1935(昭和10)年に発行された雑誌「日の出八月號附録:映画レビュー夏姿寫眞帖」内の広告より「グレェタ ガルボ」(楢崎勤氏作:新潮社刊)です。当時大人気の女優グレタ・ガルボさんの半生記です。著者の楢崎勤(1901-1978)さんは山口県萩生まれ、同志社大学中退後1925(大正14)年に新潮社に入社し、雑誌「新潮」の編集者の傍ら小説家としても活躍しました。戦後は太宰治さんの担当編集者となり、その後読売新聞の記者になりました

雑誌記事「女優の友情物語」(1935)

女優の友情物語1935aug

 1935(昭和10)年に発行された雑誌「日の出八月號附録:映画レビュー夏姿寫眞帖」の記事より「女優の友情物語」です。映画界の女優同士の親交を記事にした物で、写真上が高杉早苗さんと小櫻葉子さんと久原良子さん、右下が逢初夢子さんと水久保澄子さん、左下が山路ふみ子さんと桂珠子さんです。

広告「脱毛劑ラベル」(1935)

脱毛劑ラベル1935aug

 1935(昭和10)年に発行された雑誌「日の出八月號附録:映画レビュー夏姿寫眞帖」内の広告より「男女毛深い方へ・脱毛劑ラベル」(進文館藥品部)です。所謂脱毛クリームの広告です。

雑誌記事「二條宮子・神代錦・南里枝」(1935)

二條宮子・神代錦・南里枝1935aug

 1935(昭和10)年に発行された雑誌「日の出八月號附録:映画レビュー夏姿寫眞帖」の記事より「二條宮子・神代錦・南里枝」です。写真右上が寳塚の二條宮子さん、右下が寳塚の神代錦さん、左下が松竹の南里枝さんです。

雑誌記事「京町みち代・秩父晴世・加茂なか子・難波章子」(1935)

京町みち代・秩父晴世・加茂なか子・難波章子1935aug

 1935(昭和10)年に発行された雑誌「日の出八月號附録:映画レビュー夏姿寫眞帖」の記事より「京町みち代・秩父晴世・加茂なか子・難波章子」です。写真右上が松竹の京町みち代さん、左上が寳塚の秩父晴世さん、右下が寳塚の加茂なか子さん、左下が寳塚の難波章子さんです。

雑誌記事「佐保美代子・藤花ひさみ・三田絹代・月影笙子」(1935)

佐保美代子・藤花ひさみ・三田絹代・月影笙子1935aug

 1935(昭和10)年に発行された雑誌「日の出八月號附録:映画レビュー夏姿寫眞帖」の記事より「佐保美代子・藤花ひさみ・三田絹代・月影笙子」です。写真右上が寳塚の佐保美代子さん、左上が寳塚の藤花ひさみさん、右下が松竹の三田絹代さん、左下が寳塚の月影笙子さんです。

広告「肥り過ぎの悲觀は御無用」(1935)

藻鹽ヨウ素1935aug

 1935(昭和10)年に発行された雑誌「日の出八月號附録:映画レビュー夏姿寫眞帖」内の広告より「肥り過ぎの悲觀は御無用」です。「藻鹽ヨウ素」(聖護院化學研究所)剤の広告です。甲状腺ホルモンの調節を行い太り過ぎを予防するとありますが、効能は健康食品程度でしょうか。

雑誌記事「三浦時子・橘薫・熱海芳枝」(1935)

三浦時子・橘薫・熱海芳枝1935aug

 1935(昭和10)年に発行された雑誌「日の出八月號附録:映画レビュー夏姿寫眞帖」の記事より「三浦時子・橘薫・熱海芳枝」です。写真は上が寳塚の三浦時子(-1960)さんと橘薫(-1963)さん、下が松竹の熱海芳枝さんです。

雑誌記事「雲野かよ子・草間光子・久美京子」(1935)

雲野かよ子・草間光子・久美京子1935aug

 1935(昭和10)年に発行された雑誌「日の出八月號附録:映画レビュー夏姿寫眞帖」の記事より「雲野かよ子・草間光子・久美京子」です。写真上は寳塚の雲野かよ子(1908-1991)さん、右下は松竹の草間光子さん、左下は寳塚の久美京子(1912-1980)さんです。

雑誌記事「大空ひろみ・澁谷正代・奈良美也子」(1935)

大空ひろみ・澁谷正代・奈良美也子1935aug

 1935(昭和10)年に発行された雑誌「日の出八月號附録:映画レビュー夏姿寫眞帖」の記事より「大空ひろみ・澁谷正代・奈良美也子」です。写真上が寳塚の大空ひろみさん、中が松竹の澁谷正代さん、下が寳塚の奈良美也子(1907-2000)さんです。

雑誌記事「玉津眞砂・明津麗子・春日野八千代・櫻緋紗子」(1935)

玉津眞砂・明津麗子・春日野八千代・櫻緋紗子1935aug

 1935(昭和10)年に発行された雑誌「日の出八月號附録:映画レビュー夏姿寫眞帖」の記事より「玉津眞砂・明津麗子・春日野八千代・櫻緋紗子」です。全て寳塚所属で右上が玉津眞砂さん、左上が明津麗子さんと春日野八千代(1915-2012)さん、下が櫻緋紗子(1914-2002)さんです。

雑誌記事「岡眞砂・駿河春枝・天津乙女・長門美千代」(1935)

岡眞砂・駿河春枝・天津乙女・長門美千代1935aug

 1935(昭和10)年に発行された雑誌「日の出八月號附録:映画レビュー夏姿寫眞帖」の記事より「岡眞砂・駿河春枝・天津乙女・長門美千代」です。写真右上は寳塚の岡眞砂さん、左上は松竹の駿河春枝さん、右下は寳塚の天津乙女(1905-1980)さん、左下は松竹の長門美千代さんです。

広告「はれやか」(1935)

はれやか1935aug

 1935(昭和10)年に発行された雑誌「日の出八月號附録:映画レビュー夏姿寫眞帖」内の広告より「はれやか」です。頭痛・疲労回復・めまい・二日酔いに効くとありますが、内容を読むとカルシウム製剤なのでしょうか?製造販売元や問い合わせ先の記述が全くないので良くわかりません。

雑誌記事「櫻町公子・川路龍子・轟夕起子」(1935)

櫻町公子・川路龍子・轟夕起子1935aug

 1935(昭和10)年に発行された雑誌「日の出八月號附録:映画レビュー夏姿寫眞帖」の記事より「櫻町公子・川路龍子・轟夕起子」です。写真右上は寳塚の櫻町公子さん、左は松竹の川路龍子(1915-1996)さん、下はまだ寳塚新人の轟夕起子さんです。

雑誌記事「オリエ・津阪」(1935)

オリエ・津阪1935aug

 1935(昭和10)年に発行された雑誌「日の出八月號附録:映画レビュー夏姿寫眞帖」の記事より「オリエ・津阪」さんです。オリエ・津阪さんは当時松竹少女歌劇水の江瀧子さんと人気を二分した男役です。

雑誌記事「小夜福子」(1935)

小夜福子1935aug

 1935(昭和10)年に発行された雑誌「日の出八月號附録:映画レビュー夏姿寫眞帖」の記事より「小夜福子」さんです。小夜福子(1909-1989)さんは静岡県沼津出身、1921(大正10)年に寳塚音樂歌劇學校に入学し、寳塚少女歌劇団第11期生として入団しました。男役トップスターとして活躍しましたが1942(昭和17)年に退団し、結婚出産を経て復帰し、戦後は劇団民藝や映画などで活躍しました。

雑誌記事「江戸川蘭子」(1935)

江戸川蘭子1935aug

 1935(昭和10)年に発行された雑誌「日の出八月號附録:映画レビュー夏姿寫眞帖」の記事より「江戸川蘭子」さんです。当時の江戸川蘭子さんは松竹歌劇団(SKD)のスターでした。

雑誌記事「草笛美子」(1935)

草笛美子1935aug

 1935(昭和10)年に発行された雑誌「日の出八月號附録:映画レビュー夏姿寫眞帖」の記事より「草笛美子」さんです。草笛美子(1909-1977)さんは鳥取県生まれ、大阪市立高等女學校を1926(大正15)年に卒業後、寳塚少女歌劇団第16期生として寳塚音樂歌劇學校に入学し、娘役のトップスターになりました。1940(昭和15)年に退団後は藤原歌劇団や自分の劇団で活動を続けました。写真は1934(昭和9)年公演の「トウランドット姫」に扮したものです。

雑誌記事「葦原邦子」(1935)

葦原邦子1935aug

 1935(昭和10)年に発行された雑誌「日の出八月號附録:映画レビュー夏姿寫眞帖」の記事より「葦原邦子」さんです。葦原邦子さんは当時寳塚男役の大スターで、後の中原淳一さんの奥様です。
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