雑誌記事「新興・日活秋の新作紹介」(1938)

噫!南郷少佐・土・あゝ故郷1938oct

 1938(昭和13)年10月発行の雑誌「サンデー毎日秋の映画號」(大阪毎日新聞社)内の記事より「新興・日活秋の新作映画紹介」です。写真は上から日活映画「土」(内田吐夢監督)の小杉勇さんと風見章子さん、下右は新興映画「噫!南郷少佐」(曽根千晴監督)の藤井貢さん、下左は新興映画「あゝ故郷」(溝口健二監督)の河津清三郎さんと山路ふみ子さんです。
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雑誌グラビア「ディアナ・ダービン」(1938)

ディアナ・ダービン1938oct

 1938(昭和13)年10月発行の雑誌「サンデー毎日秋の映画號」(大阪毎日新聞社)のグラビア記事より「ディアナ・ダービン"Deanna Durbin"」さんです。前年公開の「オーケストラの少女」の主演で日本でも大人気です。

広告「日活映画『東京千一夜』」(1938)

東京千一夜1938oct

 1938(昭和13)年10月発行の雑誌「サンデー毎日秋の映画號」(大阪毎日新聞社)内の広告より「日活映画『東京千一夜』」(内田吐夢監督)です。この作品は清水崑(1912-1974)さんの漫画を映画化した物です。清水崑さんは長崎市出身の漫画家で、現在でも黄桜酒造の広告に出てくるかっぱの絵で有名です。

広告「ジャネット口紅・ほゝ紅・美爪液」(1938)

ジャネット化粧品1938oct

 1938(昭和13)年10月発行の雑誌「サンデー毎日秋の映画號」(大阪毎日新聞社)内の広告より「ジャネット口紅・ほゝ紅・美爪液」(水上政勝商店)です。水上政勝商店は大阪の船場にあった化粧品業者です。この写真はジャネット・ゲイナーさんだと思われます。

雑誌グラビア「ダニエル・ダリュウ」(1938)

ダニエル・ダリュー1938oct

 1938(昭和13)年10月発行の雑誌「サンデー毎日秋の映画號」(大阪毎日新聞社)のグラビア記事より「ダニエル・ダリュウ"Danielle Darrieux"」さんです。フランスはボルドー生まれ、レジオンドヌール勲章も受けた名優です。

雑誌記事「"家庭日記"比べ(松竹版)」(1938)

家庭日記比べ松竹版1938oct

 1938(昭和13)年10月発行の雑誌「サンデー毎日秋の映画號」(大阪毎日新聞社)の記事より「"家庭日記"比べ(東寳版)」です。同じ吉屋信子さん原作の「家庭日記」を東宝映画と松竹映画で競作同時公開という戦前では良くあった仕掛けです。こちらは松竹映画「家庭日記」(清水宏監督)で写真上左は三宅邦子さん、三浦光子さん、桑野通子さん、中が桑野通子さん、三宅邦子さん、高杉早苗さん、三浦光子さん、下右が三浦光子さん、三宅邦子さん、佐分利信さん、上原謙さん、高杉早苗さん、下左が佐分利信さん、桑野通子さん、大山健二さんと超豪華オールスターキャストです。

雑誌記事「"家庭日記"比べ(東寳版)」(1938)

家庭日記比べ東宝版1938oct

 1938(昭和13)年10月発行の雑誌「サンデー毎日秋の映画號」(大阪毎日新聞社)の記事より「"家庭日記"比べ(東寳版)」です。同じ吉屋信子さん原作の「家庭日記」を東宝映画と松竹映画で競作同時公開という戦前では良くあった仕掛けです。こちらは東宝映画「家庭日記」(山本薩夫監督)で写真上は竹久千恵子さん、中は竹久千恵子さんと山縣直代さん、下右は千葉早智子さんと月田一郎さん、下左は千葉早智子さんと大日方伝さんです。

雑誌記事「食慾の秋」(1938)

食慾の秋1938oct

 1938(昭和13)年10月発行の雑誌「サンデー毎日秋の映画號」(大阪毎日新聞社)の記事より「食慾の秋」です。写真は上から霧立のぼるさん、高田浩吉さん、阪東妻三郎さんです。霧立さん普段はざる二杯はいけるそうです。

雑誌記事「スタアは食べる」(1938)

スタアは食べる1938oct

 1938(昭和13)年10月発行の雑誌「サンデー毎日秋の映画號」(大阪毎日新聞社)の記事より「スタアは食べる」です。スターの食事風景のスナップで、上右が小杉勇さん、上左が花井蘭子さん、中が山路ふみ子さん、下が花柳小菊さんです。

雑誌グラビア「桑野通子」(1938)

桑野通子1938oct

 1938(昭和13)年10月発行の雑誌「サンデー毎日秋の映画號」(大阪毎日新聞社)のグラビア記事より「桑野通子」さんです。当時大人気女優の巻頭グラビアです。

雑誌記事「秋の歐州映畫」(1937)

秋の欧州映画1937oct

 1937(昭和12)年発行の雑誌「サンデー毎日秋の映画號」(大阪毎日新聞社)の記事より「秋の歐州映畫」です。上二枚がドイツ映画「空中劇場"Truxa"」(Hans H. Zerlett監督)で、右がラ・ヤーナ"La Jana"さんとハンネス・シュテルツァー"Hannes Stelzer"さん、左がラ・ヤーナさんです。下がイギリス映画「君と踊れば"It's Love Again"」(Victor Saville監督)で、真中の二人がジェシー・マシューズ"Jessie Matthews"さんと、ロバート・ヤング"Robert Young"さんです。 

雑誌記事「東海美女伝・旗本伝法」(1937)

東海美女伝・旗本伝法1937oct

 1937(昭和12)年発行の雑誌「サンデー毎日秋の映画號」(大阪毎日新聞社)の記事より「東海美女伝・旗本伝法」です。写真上と中はJO映画「東海美女伝」(石田民三監督)で、写真上は黒川彌太郎さん、花井蘭子さん、原節子さん、中は鈴村京子さんと鳥羽陽之助さんです。写真下2枚は新興キネマ「旗本伝法」(牛原虚彦監督)で、右が鈴木澄子さん、市川右太衛門さん、先斗町光丸さん、左が鈴木澄子さんです。

雑誌グラビア「ロヂャースとアステーア」(1937)

アステアとロヂャース1937oct

 1937(昭和12)年発行の雑誌「サンデー毎日秋の映画號」(大阪毎日新聞社)のグラビア記事より「ロヂャースとアステーア」です。当時絶大な人気を誇ったコンビ、フレッド・アステア"Fred Astaire"さんとジンジャー・ロジャース"Ginger Rogers"さんの映画「踊らん哉」の一場面です。

広告「日活映画『美しき鷹』」(1937)

日活多摩川・美しき鷹1937oct

 1937(昭和12)年発行の雑誌「サンデー毎日秋の映画號」(大阪毎日新聞社)の広告より日活多摩川秋季超特作トーキー「美しき鷹」(千葉泰樹監督)です。主演の轟夕起子さんを中心に据えています。この映画は菊池寛さん原作で昭和戦前期のブルジョアの様子が素敵な作品で、PCL(山本嘉次郎監督)、新興(田中重雄監督)、日活の三社競作同時公開となりました。どの社が勝ったのかは判りませんが。

雑誌グラビア「クローデット・コルベール」(1937)

クローデット・コルベール1937oct

 1937(昭和12)年発行の雑誌「サンデー毎日秋の映画號」(大阪毎日新聞社)のグラビア記事より「クローデット・コルベール"Claudette Colbert"」さんです。これはパラマウント映画「巴里で逢った彼"I Met Him in Paris"」(Wesley Ruggles監督)のスチルです。

雑誌記事「新興大泉・日活多摩川新作紹介」(1937)

新興大泉・日活多摩川1937oct

 1937(昭和12)年発行の雑誌「サンデー毎日秋の映画號」(大阪毎日新聞社)の記事より「新興大泉・日活多摩川」映画の新作紹介です。写真は上右が新興大泉作品「海軍爆撃隊」(久松静児監督)の清水将夫さん、香取千代子さん、築地まゆみさん、上左が新興大泉作品「花ひらく閨」(小石栄一&曽根千晴監督)の 高野由美さん、日下部章さん、浅田健二さん、中右が新興大泉作品「煙る故郷」(青山三郎監督)の高野由美さん、清水将夫さん、小宮一晃さん、中左が新興大泉作品「強者の戀」(曽根千晴監督)の河津清三郎さん、毛利峰子さん、大内弘さん、下右が日活多摩川作品「夢の鐵兜」(清瀬英次郎監督)の江川宇禮雄さん、下左が日活多摩川作品「公園裏の兄妹」(吉村廉監督)の山本禮三郎さんと村田知榮子さんです。

雑誌記事「爽秋に装ふ」(1937)

爽秋に装ふ1937oct

 1937(昭和12)年発行の雑誌「サンデー毎日秋の映画號」(大阪毎日新聞社)の記事より「爽秋に装ふ」です。モデルは上からシルヴィア・シドニー"Sylvia Sidney"(1910-1999)さん、右下がエリーノア・ポウエル"Eleanor Powell"(1912-1982)さん、左下がベット・デーヴィスさんです。シルヴィア・シドニーさんは米国ニューヨーク市生まれ、演劇学校に進みブロードウェイで舞台女優として活躍した後1929(昭和4)年に映画デビューし、フリッツ・ラング監督やヒチコック監督の作品に数多く出演し、戦前戦後を通して活躍しました。エレノア・パウエルさんは米国マサチューセッツ州生まれ、タップダンサーとしてブロードウェイで有名になり、1935(昭和10)年にハリウッドに進出、フレッドアステアさんと共演し大人気を博しましたが、戦後はダンス映画が下火になるとともに映画界から引退しました。

雑誌記事「PCL・東京發聲・松竹・日活新作紹介」(1937)

松竹・東京発声・PCL1937oct

 1937(昭和12)年発行の雑誌「サンデー毎日秋の映画號」(大阪毎日新聞社)の記事より「PCL・東京發聲・松竹・日活」映画の新作紹介です。写真は上からPCL作品「禍福」(成瀬巳喜男監督)の入江たか子さんと高田稔さん、中右が松竹作品「ママの縁談」(渋谷実監督)の槇芙佐子さんと爆弾小僧さん、中左が東京發聲作品「若い人」(豊田四郎監督)の大日方伝さん、市川春代さん、英百合子さん、下が日活作品「軍國子守唄」(大谷俊夫監督)の飯田蝶子さん、坪内美子さん、大塚君代さんです。

雑誌記事「バーバラ・スタンウィック」(1937)

バーバラ・スタンウィック1937oct

 1937(昭和12)年発行の雑誌「サンデー毎日秋の映画號」(大阪毎日新聞社)の記事より「スターを語る/バーバラ・スタンウィック」です。バーバラ・スタンウィック"Barbara Stanwyck"(1907-1990)さんは米国ニューヨーク市生まれ、4歳で孤児になり里親を点々としますが、13歳の時にダンサーとして舞台デビュー、1927(昭和2)年にはダンサー役として映画デビューし、その後スターとなりました。戦前戦後を通して安定した人気を保ち何度もアカデミー賞にノミネートしました。

雑誌グラビア「マレーネ・デイトリッヒ」(1937)

マレーネ・ディートリッヒ1937oct

 1937(昭和12)年発行の雑誌「サンデー毎日秋の映画號」(大阪毎日新聞社)のグラビア記事より「マレーネ・デイトリッヒ"Marlene Dietrich"」さんです。この頃は世界的に特別な人気がありました。

雑誌グラビア「轟夕起子『美しき鷹』」(1937)

轟夕起子1937oct

 1937(昭和12)年発行の雑誌「サンデー毎日秋の映画號」(大阪毎日新聞社)のグラビア記事より「轟夕起子」さんです。この写真は日活映画「美しき鷹」(千葉泰樹監督)のスチルで、寳塚少女歌劇団を退団して映画デビューしたばかりの、まだ二十歳の初々しいお姿です。

雑誌グラビア「上原謙『浅草の灯』」(1937)

浅草の灯・上原謙1937oct

 1937(昭和12)年発行の雑誌「サンデー毎日秋の映画號」(大阪毎日新聞社)のグラビア記事より「上原謙」さんです。写真は浅草オペラ全盛時代を舞台にした松竹映画「浅草の灯」(島津保次郎監督)のスチルです。

雑誌グラビア「志賀暁子『美しき鷹』」(1937)

志賀暁子1937oct

 1937(昭和12)年発行の雑誌「サンデー毎日秋の映画號」(大阪毎日新聞社)のグラビア記事より「志賀暁子」さんです。志賀暁子(1910-1990)さんは京都府生まれ、長崎県の活水女学校を卒業後、家出して日本橋でダンサーをやっていた頃と知り合った中野英治さんに誘われて映画界に入りました。1933(昭和8)年に新興キネマから映画デビューしましたが、1936(昭和11)年に堕胎罪で逮捕され有罪になります。この写真は復帰作となった新興キネマ「美しき鷹」(田中重雄監督)のスチルです。その後は1938(昭和13)年に新興キネマを退社し、劇団の地方巡業や東宝系の作品に出演し、1957(昭和32)年に映画界を引退しました。

雑誌記事「焼餅騒動絹の靴下・支那の鸚鵡・闇の小徑」(1927)

上山草人氏他1927dec

 1927(昭和2)年に発行された雑誌「劇と映画"The Play & Movie"」(國際情報社刊)十二月號の記事より「焼餅騒動絹の靴下・支那の鸚鵡・闇の小徑」です。上はユニヴァーサル映画「焼餅騒動絹の靴下"Silk Stockings"」(Wesley Ruggles監督)のローラ・ラ・プラント"Laura La Plante"さんとジョン・ハロン"John Harron"(1903-1939)さん、下右がパラマウント映画「闇の小徑"Blind Alleys"」(Frank Tuttle監督)のトーマス・ミーアン"Thomas Meighan"(1879-1939)さんとグレタ・ニッセン"Greta Nissen"(1906-1988)さん、下左がユニヴァーサル映画「支那の鸚鵡"The Chinese Parrot"」(Paul Leni監督)の上山草人さんとホバート・ボスワース"Hobart Bosworth"(1867-1943)さんです。

雑誌記事「日活映畫十二月新作」(1927)

日活映画1927dec

 1927(昭和2)年に発行された雑誌「劇と映画"The Play & Movie"」(國際情報社刊)十二月號の記事より「日活映畫」新作紹介です。上右は「劍と戀」(志波西果監督)の櫻木梅子さん、上左が「きらく蜻蛉(JMDBでは一剣横行)」(中山呑海監督)の河部五郎さんと浅野雪子さん、中が「學生時代」(伊奈精一監督)の根岸東一郎さんと川又堅太郎さんと高木桝次郎さんと小西節子さん、下右が「砂繪呪縛」(高橋寿康監督)の酒井米子さんか伊藤みはるさん、下左が「魔の沼」(木藤茂監督)の山本嘉一さんと瀧花久子さんです。

雑誌記事「東亞映畫十二月新作」(1927)

東亞映畫1927dec

 1927(昭和2)年に発行された雑誌「劇と映画"The Play & Movie"」(國際情報社刊)十二月號の記事より「東亞映畫」新作紹介です。上右は「悲剣美貌録」(廣瀬五郎監督)の雲井竜之助さんと三井榮子さん、上左は「夜光珠を繞る女性」(井出錦之助監督)の石川秀道さんと上村節子さん、中は"アルトハイデルベルグ"の翻案劇で「思ひ出」(根津新監督)の都さくらさんと横山光衛さん、下は上右と同じ「悲剣美貌録」の児島三郎さんです。

雑誌記事「帝キネとマキノ・十二月新作」(1927)

帝キネとマキノ1927dec

 1927(昭和2)年に発行された雑誌「劇と映画"The Play & Movie"」(國際情報社刊)十二月號の記事より「帝キネとマキノ」映画新作紹介です。上右は帝キネ「競艶美男」(森本登良夫(JMDBでは男)監督)の市川百々之助さんと山下澄子さん、左上はマキノ映画「愛しき彼」(マキノ正博監督)の杉狂児さんと松尾文人さん、中がマキノ映画「毒蛇」(二川文太郎監督)の月形龍之介さんと岡島艶子さんと荒木忍さん、下は帝キネ「闇の光」(松本英一監督)の藤間林太郎さんと歌川八重子さんです。

雑誌グラビア「ジョージ・オブライエン"George O'brien"(1927)

ジョージ・オブライエン1927dec

 1927(昭和2)年に発行された雑誌「劇と映画"The Play & Movie"」(國際情報社刊)十二月號のグラビア記事より「ジョージ・オブライエン"George O'brien"」さんです。ジョージ・オブライエン"George O'Brien"(1899-1985)さんは米国カリフォルニア州サンフランシスコ生まれ、第一次世界大戦に海軍で従軍後、ハリウッドでカメラ助手を務めますが、スタントマンやエキストラもやっていたところジョン・フォード監督に認められ、主演に抜擢され以後スターとなりました。第二次世界大戦が始まると再び海軍に志願し以後1964(昭和39)年に大尉で退官するまで続けましたが、その間も映画にたびたび出演しています。

雑誌記事「阪妻映畫とスナツプ」(1927)

阪妻映画とスナップ1927dec

 1927(昭和2)年に発行された雑誌「劇と映画"The Play & Movie"」(國際情報社刊)十二月號のグラビア記事より「阪妻映畫」新作紹介と撮影風景のスナップショットです。上三枚は阪妻映画「護國の鬼」(枝正義郎監督)より、上右が阪東妻三郎さんと泉春子さん、上左が阪東妻三郎さんと一色静代さん、中右が森静子さんです。中左は日活映画「赤城の夕映え」(三枝源次郎監督)、下は松竹映画「辻斬左門」(丘虹二監督)のスナップショットですが、斎藤寅次郎監督となっていて、JMDBの表示と異なります。
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