雑誌記事「初春のたより」(1927)

初春のたより1927jan

 1927(昭和2)年1月発行の雑誌「少女倶樂部・新年特大號」(大日本雄辯會講談社)の記事より「初春のたより」(生田花世:文、岡崎英夫:畫)です。生田花世(1888-1970)さんは徳島生まれ、徳島高女を卒業後、徳島県の教員となりますが、詩作を始め、教員を辞めて上京して働きながら創作活動を続け、生田春月と結婚しました。
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広告「立志小説・露草の花」(1927)

露草の花1927jan

 1927(昭和2)年1月発行の雑誌「少女倶樂部・新年特大號」(大日本雄辯會講談社)内の広告より「南部修太郎先生著:立志小説・露草の花」(大日本雄辯會講談社)です。南部修太郎(1892-1936)さんは土木技師の父の転勤先の仙台で生まれ、全国を転々とした後に芝中学から慶應義塾大学を卒業、「三田文学」で編集主任を勤めながら作家になりました。若い頃から病気がちで43歳で脳溢血のため急逝しました。

広告「婦人倶樂部新年號」(1927)

婦人倶楽部1927jan

 1927(昭和2)年1月発行の雑誌「少女倶樂部・新年特大號」(大日本雄辯會講談社)内の広告より「婦人倶樂部新年號」(大日本雄辯會講談社)です。この雑誌は1920(大正9)年に創刊され、戦前の四大婦人雑誌(他は、主婦之友、婦人公論、婦人画報)の一つと呼ばれ、戦後も主婦の友、主婦と生活、婦人生活と並んで四大雑誌と呼ばれました。「處女」と「主婦」という語が対義語のように置かれていますが、当時は単純に「未婚女性」と「既婚女性」程度の意味で深い意味はありません。

広告「文集志ら菊」(1927)

文集志ら菊1927jan

 1927(昭和2)年1月発行の雑誌「少女倶樂部・新年特大號」(大日本雄辯會講談社)内の広告より「中村孝也先生著:文集志ら菊」(大日本雄辯會講談社)です。中村孝也(1885-1970)さんは小学校教員の両親の下、群馬県高崎生まれ、東京高等師範学校を卒業後、教師をしながら東京外國語学校の夜間部に通い、卒業後東京帝國大學文科大學國史学科に入学、大学院修了後は教師をしながら経済学部にも入学、のちに東京帝大の助教授から教授に就任します。

広告「小説・君よ知るや南の國」(1927)

君よ知るや南の国1927jan

 1927(昭和2)年1月発行の雑誌「少女倶樂部・新年特大號」(大日本雄辯會講談社)内の広告より「加藤武雄先生著:小説・君よ知るや南の國」(大日本雄辯會講談社)です。加藤武雄(1888-1956)さんは現在の神奈川県相模原市生まれ、高等小学校卒業後代用教員をしながら投書を続け、新潮社の編集者を経て作家となりました。挿絵は須藤しげるさんです。
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