広告「近眼治る」(1938)

広告「近眼治る」(1938)

 1938(昭和13)年1月発行の雑誌「新青年・新年特大號」(博文館)内の広告より「近眼治る」(津村理化學研究所)です。近視が治療できるとは画期的だと思ってよく読むと「受験勉強後の假性近眼などすぐ治る…」とあり、若い時の仮性近視であれば治療可能です。ちなみにこの会社は津村順天堂とも理化学研究所とも関係はありません。
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雑誌記事「箱拔け競爭」(1931)

箱抜け競争1931may

 1931(昭和6)年5月発行の雑誌「婦人子供報知・第五號」(報知新聞社)内の記事より、「箱拔け競爭」(中村星果:案)です。マッチ棒とマッチ箱を利用した簡単なゲームです。中村星果(1911-1985)さんは講談社で活躍した模型設計者で、少年倶楽部の紙模型付録などで有名です。戦後に児童文化功労者にも選ばれました。

雑誌記事「出盛りの苺と夏蜜柑のお菓子」(1937)

苺と夏蜜柑のお菓子1937may

 1937(昭和12)年5月発行の「主婦之友」五月號(主婦の友社刊)内の記事より「出盛りの苺と夏蜜柑のお菓子」です。監修の田中三之助さんは戦前から戦後にかけて多くのレシピを様々な媒体に発表しています。

雑誌記事「統計ニュース」(1937)

統計ニュース1937may

 1937(昭和12)年5月発行の「主婦之友」五月號(主婦の友社刊)内の記事より「統計ニュース」です。婦人の化粧品代が意外と少ないこと、日本の平均寿命が40代半ばと先進国よりかなり低いこと、外国人観光客が増えていること等が述べられています。昭和に入ってもまだ人生50年に達していなかったのですね。乳児死亡率の高さや、結核などで若くして亡くなる方も多かったのでしょう。

雑誌記事「農村婦人の驚異的な働き(その2)」(1937)

農村婦人の驚異的な働き1937may

 1937(昭和12)年5月発行の「主婦之友」五月號(主婦の友社刊)内の記事より「精密機械工業の最前線を行く・農村婦人の驚異的な働き」(理化學研究所長・大河内正敏)です。今では当たり前ですが、農村婦人でも立派な工場労働者になりうるという記事です。
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